
私は弟の家の裏庭にある、ガレージの横の小部屋に寝泊まりする事になった。(写真後方の四角い建物)四畳半ほどの部屋にマットを敷いてそこで寝ていたが、ある朝目を覚ますと、ドアの外に人の気配がする。
誰だろうと思いながら、ドアを開けると子供がにこにこしながら立っていた。最初誰だか判らなかったが、先日ごちそうになったモロッコ人の家族の子供のだったことに気が付いた。
まつげのぱっちりした可愛い少女であった。ただ、何を話しかけてもにこにこ笑うだけで、全く会話が出来ない。かろうじて名前がジュメアだと言うことがわかった。
私が部屋に招き入れると、彼女は部屋に散乱している私の荷物を興味深げに眺めていた。
ふと、私は日本から持ってきた五円玉を彼女にプレゼントした。
そのとたん、彼女はかいがいしく私の散乱した荷物をてきぱきと片づけ始めた。何かをもらうと、その代償として仕事をしなければいけないという考えがあるのだろう。年端もいかない、日本であれば幼稚園か、小学校低学年の子供にさえ、そのような労働という概念が植え付けられていることに、改めてこの国の貧しさを感じ、複雑な気持ちになった。
テレビドラマの「おしん」を思い出した。
どこにでも貧富の差はあるのだろう。裸足で、ぼろをまとった羊飼いの子供がいる一方で、カザではニッサンのフェアレディZに乗って、日本人だと判るとよってきて自慢する若者がいることも耳にした。
ジュメアとはほんの短い出会いであった。今ではすっかり成長して幸福な家庭を気付いていることを祈っている。彼女には帰国後弟を通じて写真を送ったが、私のことを覚えてくれているだろうか。
雨の降らないこの地方であるが、定期的にどこからか水が流れてきて、庭の草木に潤いを与えていた。水源はアトラス山脈あたりであろう。毎日朝晩スピーカーから決まって流される、コーランの放送が、イスラムの地にいることを私に教えてくれた。アルコール類は厳禁されているはずだが、ホテルに行くといくらでもビールを飲むことが出来た。
タルダントを拠点に、長期休暇を取ってくれた弟とポンコツのルノーでモロッコ国内をあちこち見て回る事となった。
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